器【平日投稿9日目】

人の器って何だろう

 

昨日思い悩み、本日の朝3時にこのテーマについて考えていた。

 

よく、

「人の器がなんちゃら」や、

「お前の器が小さい」

などと平気で使われているが、そもそも人の器とは何なのか。

 

そんなタイミングにYou-Tubeでこの動画を見かけた。

https://www.youtube.com/watch?v=CGXijZDQzG4

「究極の2択『辞めさせる』『辞めさせない』組織を乱す社員への対応」

というタイトルの鴨頭嘉人さんの動画だ。

鴨頭さんは今年3月まで通っていた話し方の学校の学長であり、私とは生徒と先生の関係でもあった。

 

そんな彼のこの動画、

石川県にあるイマージュというエステサロンの経営者の話しであったが、

まさにこの内容が人の器とは何か、に1つの答えを出す内容を含んでいると私は考えられた。

 

クレームを出してしまう社員に対して叱ることなく心の経営によって解決してしまうといった内容。

それは器の大きな人間の為せる技。

父は1,000人の社員を抱えていた。

しかし跡継ぎに事業継承がされると社員は次々辞め、結果100人になってしまった。

それに対して鴨頭さん、

 

「そのときのあなたにとって丁度いい」

 

衝撃であった。

人の器とは本来目に見えないものだと思われるが、実は可視化できる。

それは周りの状況から二次的に視えてくる結果。

原因は自分、それだけだ。

自分のあり方によって起こり得る結果が器を見える化しているのだ。

 

そう考えると自分の器も推し量れる。

それは何故か。

人がついて来ないからだ。

 

同時に過去も視てみる。

一番好調子だった中学時代のとき。

このときはガツガツと自分から取りに行かなくても人がついて来てくれた。

人が私をリーダーに押し上げてくれた。

周りに沢山の新しい人も知らず知らず集まって、そして振り返ると気づく。

支えてくれていたことに。

その意味がわかった気がした。

 

自分の器の大きさに比例している。

 

当時の心のあり方、それは、

周りの総ての人が大好きだということ。

もちろん全員から好かれるなど不可能で、そんな人を苦手な人と認識してもいた。

しかし苦手だが嫌いでは決してなかった。

騙されたこともあったが、それも気にならない。

妥協ではない仲良くが続いていた。

苦手な人にも純粋に尊敬できる部分があったり、苦手だが仲良くなりたいなという思いを誰に対しても抱いていた。

男女問わず好きな人はとことん好き。

利害関係など考えず、ただただ、好き。

誰に対しても何でも、そんなことでも話せる、自己開示できる。

 

だが今はどうか。

好きな人にさえも一歩引いた、ある意味斜に構えた心のあり方をしているのではないだろうか。

そんなことを気づいた。

 

目の前の相手を好きだと捉える心のあり方。

この幅や大きさが器の幅や大きさを語るのではないだろうか。

 

小さくなってしまった私の器。

この拡張が活路を切り拓くのではないかと考え、希望を抱いている。